1999-04-16 第145回国会 衆議院 文教委員会 第8号
○浜林参考人 結局は、大学教育に何を求めるかということになると思うんです。 大学教育というのは、先ほど申しましたけれども、単なる職業教育あるいは専門教育ではなくて、その前に、今御質問の先生がおっしゃいましたように、民主的な人格形成ということが一つなければならない。それが大学では一般教育科目という形で今まで行われてきましたけれども、それがなくなりまして、国立大学でも教養部は随分廃止をされてしまったわけですが
○浜林参考人 結局は、大学教育に何を求めるかということになると思うんです。 大学教育というのは、先ほど申しましたけれども、単なる職業教育あるいは専門教育ではなくて、その前に、今御質問の先生がおっしゃいましたように、民主的な人格形成ということが一つなければならない。それが大学では一般教育科目という形で今まで行われてきましたけれども、それがなくなりまして、国立大学でも教養部は随分廃止をされてしまったわけですが
○浜林参考人 時間がございません。 昨年の十月に、ユネスコが高等教育に関する国際会議を持ちまして、そこで二十一世紀高等教育宣言というものを出しております。翻訳が出ているのかどうかわからないんですが、ぜひそれをごらんいただきたい。私もそれに全面的に賛成ということではありませんけれども、はっきり言えば、大学審答申よりははるかに二十一世紀を見据えた方針を示していると思います。 ポイントの一つは、大学入学者
○浜林参考人 浜林です。 今まで全部学長さんがお話しになりましたけれども、私は、平教員の立場から申し上げたいと思います。 一昨日、この委員会の審議も傍聴させていただきました。それについての感想も含めて意見を申したいのですが、時間が十五分しかありませんので十分にお話しすることができないかと思いまして、あらかじめ要旨をお配りしてございます。申し足りない点は、それに基づいて御質問いただければ補足をしたいと
○浜林参考人 そういうケースも私は、これは精神疾患ではありませんが、知っております。それはかなり議論がありまして、教授会の中でも長期に議論があり、かつ、そのやめさせられた先生が、裁判、人事委員会でしたか、ちょっと忘れましたが、とにかく裁判に訴えて、かなり長い間紛糾をしたというケースがございます。 任期制の場合には、そういういわば救済措置というものが全くございません。どなたかの御意見で、異議申し立て
○浜林参考人 そのアカデミックハラスメントですか、あることは私も十分承知をしておりまして、私自身ではありませんけれども、私の周辺でそういう経験もございます。 ただ、ハラスメントの場合には、つまり上へ上がれないということなのですが、任期制の場合には退職になりますので、それは上へ上がれないことも問題ですけれども、退職の方はもっと問題で、そのために、ちょっと悪い言葉で言えば、上の人にこびへつらうとか、あるいは
○浜林参考人 浜林でございます。 最初に文教委員の先生方におわびをいたしますけれども、二カ月ぐらい前だったと思いますが、全私学新聞という新聞に「世界の大勢に逆行する大学教員任期制」という私の原稿が載りまして、それを突然皆様方にファクスでお送りをいたしまして、大変失礼をいたしました。御了解をいただきたいと思います。 と申しますのも、実は、大学教員の任期制の問題はずっと前から出ておりますが、私それを
○参考人(浜林正夫君) 開かれた大学は、先ほど宮之原先生おっしゃいましたように、オープンユニバーシティという考え方がイギリスで出てまいりましたのは先ほどおっしゃったような意味だと思います。特に公開議座といいますか、エクステンションコースというふうな形で一般の市民にも大学を開放するというふうなことが主たる意味合いでありまして、それが日本で、筑波大学で開かれた大学というふうに翻訳をされた場合に、その中身
○参考人(浜林正夫君) 各大学が文部省へ参りましてどういう折衝をするのかということは、実はよくわからないわけでありまして、ただ、ことしの概算要求の中で大きく取り上げられていますのは、北大の法学部の改革とそれから広島大学の教養部の改革ですね。これは、私は筑波方式だとは考えておりませんけれども、たとえば北大法学部で申しますと、学部というものをこわさないで、学部のワクの中で研究と教育を分離するという、そういう
○参考人(浜林正夫君) 浜林でございます。 時間がなくなるといけませんので、最初に結論から申し上げますけれども、私は、この国立学校設置法等の一部を改正する法律案に反対でございますが、これを特に国会の審議の場で強行採決というような、そういう異常な手段でこの法律を成立させるということは、これからできます筑波大学にとってもたいへんに不幸なことであると思います。学問や教育の問題を数で押し切るというふうなことはあってはならないと